平和の象徴-千羽鶴のプレゼント

平和のシンボルの贈物 -千羽鶴

毎回平和コンサートのフィナーレで、千羽鶴の贈呈があります。初回カーネギーホールで開催された平和コンサートでは日本の5校の生徒により作られた平和のシンボル千羽鶴が、5カ国を代表するアーティストそれぞれに手渡されました。この贈物をとおしてアーティストは、代表するそれぞれの国の学校へこの贈物を運び、平和の輪が広がることの願いを千羽鶴に託し平和のメッセージを届けます。

Photo Credit: Sarah Stacke

ハプシコード奏者である光井安子氏がゲストアーティストの一人へ千羽鶴を手渡しました。中国のソプラノ歌手ザ オ・ユンホンさん。(左は財団代表・理事長鳥居具子)


平和コンサートを記念して、2010年に同プロジェクトが開始されました。

日本の作者であり、贈り手の学校は下記の生徒の皆さんです。「有り難うございました。」
東京都、杉並区 -和田小学校
広島県、廿日市 -平良小学校
広島県、広島市 -安佐北中学校
岡山県、和気郡 -和気中学校
広島県、広島市 -修道高校

東京都、杉並区 -天沼小学校

広島県、広島の子供たち。

アメリカ、ニューヨーク-チャジー・セントラル・ルーラル・スクール 他

このすばらしい贈り物の千羽鶴を今まで受けた世界国々は下記のとおりです。今後も多くの国へと広がります。


アメリカ、フィラデルフィア市
アメリカ、ロングアイランド
アメリカ、ミネアポリス

イギリス、ロンドン
フランス、サンモリツ
中国、北京市
ロシア、モスクワ市

イスラエル、パレスチナ、

シリア、韓国他

このプロジェクトはこれからも続けられ、世界各国の地域に届けられます。ご期待下さい。

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佐々木禎子さんと千羽鶴

千羽鶴が平和のシンボルとなったのは、原爆投下から10年後の1955(昭和30)年10月、爆心地から北方約2キロメートルの広島市内三篠町の自 宅 で2歳のとき被爆した広島の少学6年生の少女佐々木禎子(さだこ)さん(55年2月に急性リンパ腺白血病 と診断されて、広島赤十字病院に入院)が「千羽鶴を折れば、願いが届く」と祈りながら同年5月から薬包紙や見舞い品の包装紙で、 鶴を折り始めたが、願いもむなしく55年10月 25日原爆症で12歳の人 生を閉じたのがその原点です。禎子さんは、644枚を折りあげて亡くなり、残りの356枚は彼女の同級生によって折られ、彼女と一緒に埋葬された。